建築家インタビュー
vol.1
『毎日見ても飽きない。
帰って来るたびに悦に浸れる住まいを。』
株式会社横山建築事務所代表。大阪府藤井寺市出身。2つの設計事務所勤務を経て1986年、西宮市に事務所設立。分譲マンション、個人住宅、店舗、ホテル、寺院など、さまざまな建築を手掛ける。 一級建築士・インテリアプランナー。 趣味はゴルフと料理。
マンションを設計する上でのこだわりや葛藤など「建築家の思い」について、今回は西宮に事務所を構える横山設計事務所の横山嘉夫先生にお話を伺ってきました。キーワードは「詠み人知らず」。つくるものにその建築家「らしさ」はいらないと横山先生は語ります。
1.こだわりについて
2.事例紹介
3.まとめ-編集部より-
たくさんありますが建築家でいうと丹下健三さんと村野藤吾さんかなぁ。一番感動した建物は村野さんのカトリック宝塚教会。自分がまだサラリーマンをやっていた時にたまたま近くで分譲マンションの設計をやっていて、気になっていたので見に行きました。なんだか見たときに体の毒が抜けたような、洗われた感じがしたんですよね。村野さんがずっと言っていた「地面から生えてくる感じ」というものがまさにぴったりの外観で、地面と建物が直角に交わるのではなく、壁に曲線を多用することで、土から生えてきたような感じを表現している。箱根のプリンスホテルもよかった。
カトリック宝塚教会。
自由にうねった曲線、高く伸び上がった塔が印象的。屋根は銅板葺きです。
聖堂の入り口。
地面と建物の境界があいまいで、地面から「生えている」ような感じ。その有機的なラインが軒先までつながっています。
聖堂内部。
板張りの天井は緩やかなうねりがあり、躍動的です。大きな魚の体内に入ったような気持ちにもなります。
入口付近にある中2階の聖歌隊席につながる階段。
外と同じく壁面や階段も柔らかな曲線でできています。
まず、会社の理念にも入っている Creation Party という言葉はつねに意識しています。共に創造(Creation)する仲間(Party)という意味ですが、よい建物はよいデザインだけでは生まれないと思っていて、そこに住まう人や近隣の方々、そして実際に施工をおこなう職人と我々設計の担当者など、家づくりに関わるすべての人の思いが一致してこそ、よい建物ができるのだと思っています。だから一人も欠けることなく、みんなでワイワイやりながら家を建てるというのが理想ですね。そこで意見が合わないこともありますが、僕が本当に気に入って提案するものはPartyのみんなも気に入ってくれます。
また僕は「詠み人知らず」の建物をつくりたいと思っています。「詠み人知らず」とはもともと、遥か昔から存在する歌や物語について、その作者がわからないもののことを言います。僕は、街に存在する建物を見て「あの建物は横山がつくったものだ」とわかるような画一的なものはつくりたくないのです。ずっと昔からある気がするような、街にとけ込み、違和感のない建物こそ、最高の建築だと思っています。街が違う、住む人が違う、それなのに建物が同じなんて気持ち悪いでしょう?
やはり共用部分。とくにエントランスについてはこだわってつくっています。朝、仕事をしに出て行くとき、夜一日が終わり帰ってくるとき、必ず通る場所なので、スイッチの切り替えができるようにしてほしいのです。だから一歩入るだけで違う世界観を感じられるような雰囲気の空間づくりを目指しています。
また、外観についても気をつけているポイントがあります。簡単に言うと、美しい町並みの中にある場合はなるべく同化するように、それほど統一感のない街並みのときにはその街のランドマークになるような、インパクトのある外観にしようと思っています。そのため、日々情報を集め、気に入ったタイルなどの壁材をストックしておき、街の雰囲気に合わせて使い分けられるようにしています。
(西宮市甲子園口北町 2007年2月竣工)
まず外観について、既に数件、甲子園口北町で建物を設計していた経験から、周辺に奇抜なデザインの家が少なく、オーソドックスな家が多いということがわかっていました。だから、新しくデザインする建物もモダンな尖ったデザインは嫌だと思い、街並みにあわせたアースカラーにしました。
外観
もともと邸宅が立ち並んでいる街で、建築する前、この敷地の庭にあった大きな太い桜の木や石をそのまま使っています。また、盛り砂をイメージした黒い円錐のモニュメントも設置し、先端から水がちょろちょろと出るようにしています。「清める」という行為をイメージし、スイッチの切り替えを感じられる空間作りを心がけました。エントランスの車寄せ部分も気に入っています。曲線にしたことで柔らかい印象を与え、帰ってくる際に安心感を感じてもらえればと思っています。
エントランスホール。正面奥は、以前の庭園にあった枝垂れ桜を残した桜庭。左側は盛り砂をイメージした黒い円錐のオブジェ。旧邸宅の造園材や古材を活用するリノベーション的な手法が使われています。
曲線を用いて柔らかい印象を演出したエントランス
(西宮市苦楽園一番町 2008年12月竣工)
外観
高級邸宅街である苦楽園に位置するこのマンションは外観、内装ともに品格のあるたたずまいを目指しました。庵治石をふんだんに使った擁壁に、エントランスを入ってすぐのコンシェルジュカウンターや水盤など、随所にこだわっています。
エントランスホール、水盤(正面)カウンター(右)
また、光の取り入れ方がとてもうまくいったなと思っています。エントランスからまっすぐ続く水盤(写真右)が顕著な例ですが、水を張ることにより光を反射させ、建物の中に光を取り込む設計になっています。
エントランスからまっすぐ続く廊下、水面の反射を利用して光を室内に取り込んでいる。
(西宮市丸橋町 2000年5月竣工)
このマンションはタイルの質感が気に入っています。何年も前から、タイル屋さんで見かけて、使いたいなぁと思っていたもの。ただしすべての壁に貼付けるとどうしても予算オーバーになってしまいました。そこでそれぞれの壁面の端にあえてタイルを張らず、コンクリートをそのまま出すデザインへ変更しました。結果的にはこのデザイン変更のおかげで、他にない外観に仕上がったのだと思っています。
外観
エントランス脇の壁面
また、このマンションは二棟構成になっていたため、北棟と南棟の間で何かおもしろいことはできないかと考え、吹き抜けをつくり外っぽい感じを演出することにしました。最初は、この空間に植物を植えるなどして中庭を作ろうと考えていました。ところが立地的にどうしても太陽の強い光が当たらないため木が育たない。そこで住んでる人がどんな使い方をするのか、想像し直し、強すぎない日差しは心地よい日向として、住民が本を読んだり、お客さんを待たせたりするような場所に使えないかと考え、板を張り、その上にベンチをおきました。
2つの棟をつなぐ吹き抜け部分
(芦屋市西蔵町 2006年4月竣工)
外観
このマンションのデザインを考えるにあたって、フランク・ロイド・ライトというアメリカ出身の建築家がデザインした「旧山邑家住宅」という国の重要文化財を参考にさせてもらいました。もともと気に入っていたデザインだったというのもありますが、芦屋という街にマッチしているテイストであると感じていたからです。とくにエントランス部分に張ってあるタイルが気に入っていて、当時のパンフレットの表紙にも使いました。和風なデザインだと思って導入を決めたのですが、改めて見るとアジアンテイストにも見えますね。
旧山邑家住宅
エントランスホール
エントランス部分に使われているタイル
(伊丹市昆陽東5丁目 2008年11月竣工)
外観
このマンションは街の中でランドマーク的な存在感を出せるデザインを意識して設計しました。黄色やピンクなど、カラフルな色の建物が近くにある中、白を基調にしたシンプルな色使いによってシャープな外観に仕上げました。
しかし、すべてをシャープなつくりにしてしまうのは住む人にとって落ち着かないかなと思ったので、エントランス部分は柔らかく質感のあるデザインにしました。壁面には緑がかった質感のあるタイルを貼り、花壇に使っているコンクリートは表面に「はつり仕上げ」という加工を施し、少しざらざらとした質感が出るようにしています。タイルや石など、一つひとつの素材にこだわることで、その空間には何とも言えぬ緊張感が生まれ、それによって、建築に詳しくない人でも心地よさを感じるのだと思います。
立地的に、夏は猪名川の花火が見えるということで、屋上に庭園をもうけ、住人がくつろげる空間を作っています。
エントランス部分。奥の壁に貼られているタイルは質感のある緑がかったもので、グリーンが植えられている花壇の基礎部分がはつり仕上げとなっている
エントランス、大きな窓ガラスにより開放感を演出
屋上庭園、夏は花火が見える
(尼崎市武庫之荘本町1丁目 2014年1月竣工)
武庫之荘本町の周辺は昔ながらの風景が残る街で、良くも悪くも目立ったデザインの建物がない状態でした。そこで、地域の環境にとけ込みつつ、その場所の印象を良くするようなマンションを建てようと考え、外壁のデザインをモダンにつくろうというコンセプトで設計しました。とくに気に入っているのは、上階居住部の各部屋を仕切っている有孔レンガのパーテーションです。
外観
また、1Fに設けられているゴミ置場を「らしくない」デザインにしようと考えていました。マンションにはどうしても必要なゴミ置き場ですが、住人が気持ちよく使い、また周辺の方々にとってもすっきり見せたほうがいい。だから、黒いタイルを使いスタイリッシュな外観に設計しました。
写真左手がゴミ置き場
エントランスホール
新しいマンションを建てる。そのために建築家として何を考えなくてはならないか、実際の事例を通して具体的に聞くことができました。横山先生曰く、良いデザインがあれば良いマンションになるのではなく、住む人の心地良さ、クライアントからの要望はもちろんのこと、周囲の街並みとの調和、そして作り手である職人の想いなど、その建築に関わる仲間(Creation Party)と力を合わせることによってはじめて良いものができるのだということでした。また、そこに建築家の「らしさ」はいらない。誰が建て、いつからあるのかわからないほど、街に馴染んだ「詠み人知らず」の建築こそ、目指すべき姿だということでした。
多くの人と力を合わせ、画一的なデザインとらわれない。極限までその建築家「らしさ」を削ぎ落とす。そうやって生まれる、街や人に馴染んだ建築こそきっと「横山嘉夫らしい」のだろうと思います。