建築家インタビュー
vol.2
『個性が集まって形を成す。
街もマンションも同じ。』
有限会社畑田建築計画所代表。一級建築士。大阪出身。滋賀県立短期大学卒業後、不動建設設計部に入社。1979年、約5ヶ月におよぶヨーロッパ建築見学旅行を敢行。帰国後「畑田建築計画所」設立。分譲マンションをはじめ、福祉施設や社屋などの建築を手掛ける。
マンションを設計する上でのこだわりや葛藤など「建築家の思い」について、今回は大阪市内に事務所を構える畑田建築計画所の畑田吉敏先生にお話を伺ってきました。マンションには多くの人が住まい、それゆえ均質的な見た目になりがち。しかし本来は個性が集まって一つの形を成しているに過ぎない。そんな思いをデザインでも表現したいのだと畑田先生は語ります。
1.こだわりについて
2.事例紹介
3.まとめ-編集部より-
もともと算数が好きで、大学は建築系の学部に行こうと考え、滋賀短期大学(現・滋賀県立大学)建築科へと入学しました。同大学では2回生になると「基本プラン」を作る課題が出ます。基本プランとは何か?建物を設計しようと考えた場合、一番はじめにどこに建てるのかを決め「与条件」を整理します。「道路はどこについているか」「日当たりはどの程度なのか」「その土地特有の建築的な規制はあるのか」といったもの。そういった条件をクリアするよう考え、製作する建物の設計図のことを基本プランと言います。
市民公会堂や美術館といった建物の基本プランについて、課題が次々と出される中、私は提出が遅れ、いくつも貯めていってしまいました。期限ギリギリになって、このままでは卒業できないということで今まで溜まっていた課題にまとめて取り組むことに。大学に泊まりがけで課題と格闘する中、「自分の頭の中に描いたものが形になっていく」という感覚になんとも言えない面白さを感じ、建築の道を志すようになりました。今思えばいくつもの課題にまとめて取り組んだ経験があったからこそ建築について面白いと思えたのかもしれません。大学を卒業後は建設会社に入社し、設計部へと配属されることになりました。
大学卒業後建築の仕事に就き、8年ほど働いた後別の会社でキャリアを積もうと退社をしました。その機会に昔から行きたかったヨーロッパ建築見学旅行へ行くことに。そこで偉大な建築家がデザインした建物を見るうちに、自分もこんな建物をつくりたい!と考えるようになり、日本に帰って「畑田建築計画所」を立ち上げることにしました。
5ヶ月にも渡る建築巡りの中でもっとも印象的だった建物はスイスのベルンにある「ハーレン・ジードルンク」という建物です。アトリエ5という建築設計事務所が手がけたテラスハウスで、大変有名なものです。
高下巖 (1973年)『GA グローバル・アーキテクチュアNo.23』より引用
1961年に建築された低層集合住宅で、森の中にあります。住戸は75戸。南向きの傾斜面に計画されたテラスハウス(約200人が入居)で3階建となっています。プールや広場もあり、住人が快適に過ごせる工夫が随所に凝らしてあります。特に印象深かったのは、プールまで向かう道。一見まっすぐ続いているように見えるのですが、軸線がズレており、先まで見通すことができません。そうなると「次は何があるのだろう?」とワクワクさせられます。初めて「空間の演出」というものを感じました。
やはり共用部分です。戸建には存在せず、マンションにだけあるスペースで、その住まいの雰囲気を左右するものだと考えています。規模の小さいマンションではなかなか大きく取れず、こだわるのに難しい場合もありますが、エントランスから入って自分の部屋までたどり着くその過程でどんな演出をしようか、つねに考えています。
また、マンションの屋上の形「スカイライン」にもこだわっています。そもそも多くのマンションは見た目が均質的すぎると思っています。ただしどうしても同じ間取り、同じ窓、同じベランダが多く並ぶと、それだけで外観は単調な繰り返しに見えてしまいます。しかし私がつくりたいデザインは、もっと自由な発想から生まれるものです。マンションとは様々な個性を持つ人が一箇所に集まることによって誕生する一つの集合体。だからデザインも様々な個性が集まって一つの形を成すようなものにしたいと思っています。街ならば自然と形づくられますが、マンションにおいては設計者がデザインをする必要があります。その「個性」がもっとも形として表現しやすく、目立つのが建物の最上部、すなわちスカイラインなのです。
建築の仕事をしているくせに、夢がないやつだと思われるかもしれませんが、一番に考えるのは立地です。住むのに便利な場所でなければいくら内装や外観が素晴らしくても最高の住み心地とはいかないでしょう。また、「戸数」も地味に大事です。マンションの要である共用部分について、戸数が少なければ当然、1戸あたりの負担する金額は多くなります。ある程度の戸数があれば、一人では持てないようなグレードの高い設備を安価で利用することができるというのもマンションに住まう利点の一つです。
(宝塚市中筋8丁目 2003年11月竣工)
建物が立つ前の土地に行ったとき、北側に見える山が綺麗で、ここに住まう人が毎朝仕事に向かうとき、山を見ることができれば季節を感じることができるし、気持ちいいだろうなと考えました。そのためエレベーターの北側に窓を設けることに。借景が可能な宝塚ならではのエレベーターではないかと思います。思いつきはいつだってシンプルです。あとはそれを形にしていくことができるかどうか。
写真左に見えるのが北側に窓を設けたエレベーター。
北面の外観。壁面を円形にし、アクセントカラーとしてオレンジを使用。
南面バルコニーの外観。H形鋼を十字に用いることで強度を高めるのと同時に打ちっ放しの無骨な雰囲気を引き立てる。
エントランス。現在(2016.10)も手入れが行き届いており、植栽が綺麗に茂っている。
(伊丹市中央3丁目 2005年1月竣工)
一番初めに現地を訪れたとき、このマンションの東側にある酒蔵に使われていた杉の板目がものすごく綺麗だという印象を持ちました。歴史ある土地の中でなんとかこの雰囲気を表現できないかと考え、マンションの屋上にグレーの壁面をつくりました。
杉板目を表現する方法はたくさんあります。もっと直接的に杉板そのものを使ったデザインということも考えられるでしょう。しかし私は、古くは江戸時代から建っている歴史ある酒蔵を、今風のデザインで再現するということに注力しました。街並みとマンションとが調和し、見た人がなんとなく「いいなぁ」と思ってくれる。そんな建物を建てたいと考えています。
マンション東側にある杉板目。長い年月が味を出している。
建物外観。杉板目をモチーフに最上部のグレーの壁面をつくった。
また、日本酒造りに適しているとされる「宮水」が流れる地域だったということで、デザインにもこの「宮水」を取り入れることにしました。そのため噴水や水飲み場などを設けました。
エレベーターの脇に設置されている噴水。
二棟構成だったため、エレベーターをそれぞれの棟の真ん中にすえ、壁面につけず独立させることにしました。そうすることでエレベーターの周りに開放感が生まれました。さらにエレベーターの裏にはベンチとちょっとしたテーブルを設置。買い物帰り、家に帰る前に一息ついたり、夕方友人と集まってお酒でも飲みながら喋る。そんな風に使って欲しいなと思いました。
エレベーター。あえて壁面に接着させないことで、開放感のある空間を演出。
エレベーターの裏側に設置されているベンチとテーブル。住人の憩いの場になるようにと考案された。
(尼崎市塚口町1丁目 1999年4月竣工)
このマンションも外観にこだわってつくりました。特に最上部のスカイライン。丸い形にしたのはすぐ近くを走っていた阪急電車から着想を得ました。私に限らず多くの建築家はつねに美しく見えるデザインを探しています。どうすればこのマンションをもっと個性的なものにできるか。考えた末、ピンときたのがこの形でした。人の顔にも見えて可愛く、柔らかい印象を与えることに成功したと思っています。
写真左上、マンション最上部に見えるのが阪急電車からイメージしたデザインの外壁。
また、このマンションのスカイラインにはもう一つ個性的な形があって、これもあるものから着想を得ています。それは1989年に公開された「20世紀少年読本」という映画に出てきた少女の衣装です。意識して覚えていたわけではありませんでしたが、少女が被っていた帽子が印象に残っていて、このマンションの設計をしているときに思い出し参考にしました。思いつきのように思われるかもしれませんが、つねに美しいデザインを探しながらさまざまなものを見ている私にとって、建築とは全く関係のないところから着想を得ることは不自然なことではありません。
当時販売されていた「20世紀少年読本」サウンドトラックイメージアルバム「CIRCUS BOY’S SONG BOOK」に掲載されていた少女の画像。
マンション最上部に見えるのが映画に出てくる衣装の帽子からイメージしたデザイン。
マンション自体、周辺にある建物より高かったので、より高さを強調できないかと考え、壁面にオレンジの出っ張りをつけることにしました。そうすることで下から見上げたときに目が止まり、出っ張りより上の部分がより高く見えるという視覚効果があります。
マンション外壁を下から見上げた様子。オレンジの出っ張りが目に止まる。
エントランス。写真左側の支柱が途中で切れたようになっているのが特徴的。
(西宮市獅子ヶ口町 1997年7月竣工)
エントランス部分のデザインにこだわってつくりました。建物を建てるためには建築基準法を守る必要があります。この基準の一つに容積率や建ぺい率といった、建物の面積について定めているものがあります。現在では改定されているのですが、当時はエントランスの面積についても規定されていました。そのため普通につくると、思ったものができないと考え、悩んだ末に、このエントランスを「建物外」にしてしまうとことにしました。そうすることで広い面積を確保することができ、また結果的には開放感のあるエントランスに仕上げることができたと思っています。
マンションのエントランス部分。上部に隙間を開けることで開放感のある空間に。
マンション上部へと登っていく階段についてもそのデザインにはこだわっていて、通常は階段の横から段になっている部分は見えないようにつくるのですが、このマンションではあえて見えるようにつくっています。寺院なんかにある階段も同じようにつくられていて、美しいデザインだと思っていたので、ぜひ建築に取り入れたいと思っていました。
階段裏側の波のように見える造形が美しい。
外観部分。最上部のアール部分からは日光がふんだんに室内に取り入れられるようになっている。
畑田先生の「個性が集まって形となる」というマンション建築における考え方、そのためのこだわりについて詳しく聞くことができました。
何より意外だったのはデザイン発想のプロセス。設計する上でのセオリーや理論に沿って考えていくだけではなく、ときには電車や、映画のポスターのデザインから発想することもあります。「かくあるべき」という凝り固まった考えをなるべく持たず、つねに自由な発想をし、新しいデザインを求めるという姿勢は、次々と新しい建築を生み出していくために、なくてはならないものなのでしょう。
「なんかいいなぁ」と思わせる。その裏には、美しいもの、良いと思ったものを探す習慣と、実現させるためにどうすればいいのかと悩みながらも諦めず立ち向かう、そんな絶え間ない努力がありました。